「歴史」

歴史編 「信頼と創造」への道のり

2022.04.01

気温マイナス30℃。小さな屋根裏部屋に一人。杉野森一は懸命にうどんを仕上げていました。吐き出す息は煙のように森一の顔のまわりで消えていきます。手回しの製麺機を握る手も、凍えて感覚さえありません。けれど、リズムよく動く機械の音は、決して途切れることなく続いています。「日が昇るまでに用意しよう」森一が配給小麦を預かり製麺するようになって、すぐにお客は増えました。丁寧に作られた森一のうどんは評判を呼び、大勢が小麦粉を担いでやってくるようになったのです。人々は長蛇の列を作って受け付けに並びました。

「いやぁ、うまかったよ! またこの粉を麺にしてくれるかい?」
「杉野さんのうどん、家族みんなが楽しみにしているんだ」

口々に声をかけては、仕事に精を出す森一をねぎらってくれる人々。材料を預かって、加工賃をいただいたうえに喜んでもらえるなんて…。感謝の気持ちが互いの心に通うことで、喜びも一層広がります。「信義をもって信頼に応える」。このときの思いが、杉野森一の変わらぬ礎となり、菊水が誕生したのちも連綿と受け継がれることとなります。

 仕事が繁盛する一方で、森一の体は限界を迎えていました。幾日も幾日も、たった一人で製麺機のロールを回し続けるのです。身体はボロボロ、肝心の手は開かなくなってしまいました。

「電気モーターの機械があればなぁ」

当時、下川町の電力事情は家庭用の40ワットの電球が1個ともればいい程度。とても動力になどできません。そこで森一は意を決し、北海道電力の名寄支店に赴き、直談判することにしたのです。「やめとけ、やめとけ! どうせ相手にされないさ。そんなことができたら、町中を逆立ちして歩いてやるさ」。こう言って近所の蹄鉄屋にも笑われる始末。悔しい思いを胸に名寄支店を訪ねると、案の定、まったく相手にされません。だからと言って、帰るわけにもいかないのです。憮然とした表情で居すわり続ける森一に周囲も困り果て、とうとう課長さんが会ってくれることになりました。「杉野さん、電力を引くのは無理ですよ。考えてもみてください。とんでもない大工事になるんですから」。諦めさせようと必死の課長さんに、森一は渾身の思いをぶつけます。

「どうか、この眼を見てください! 手を見てください! このままでは私は死んでしまう! 何とか助けてください。お願いします!」
真っ赤に腫れ上がって握ることもできない指。爛々と瞳を光らせ真っ直ぐな眼で訴える姿に、課長さんの心も動いたのでしょう。一ヶ月ほど待ってほしいと答え、帰る森一の背中を見送ってくれました。果たして願いは通るのか…。ジリジリとした気持ちで待つ森一のもとへ、呼び出しが来たのは丁度ひと月後のこと。祈る思いで訪ねた森一を、課長さんが満面の笑顔で待っていました。
「杉野さん、よかったですね! 電力の許可がおりましたよ」
「えっ!」。目を丸くして驚く森一に、課長さんが嬉しそうに続けます。「3馬力の電力を使えるようにしましたよ」。これを聞いて森一は、嬉しさのあまりに飛び上がりました。これでもっともっと作業の効率があがり、手もよくなるので更に丁寧な仕事ができます。

「課長さん、本当にありがとうございました。このことは決して忘れません」。森一は、何度も何度も課長さんの手を握り感謝の言葉を述べました。課長さんも、その森一の姿に感無量の表情です。名寄の北電を後にした森一は、その足で旭川へと向かいました。戦後の旭川は、とても大きな街でした。洋風の建物が並び、着々と都市計画が進んでいるのがわかります。森一は、早速モーターで動く製麺機を探しました。心当たりの店を訪ねると、中古でしたが充分に頼りになりそうな機械が置いてあります。ひんやりとした機械の感触を味わいながら、森一の胸は静かに高鳴るのでした。

 その後、杉野製粉製麺所は、おいしいと評判となり仕事も増えていきました。杉野森一が描いた、家庭の食卓にのぼる小さな幸せ。人々の喜ぶ笑顔が麺づくりにかける森一の情熱です。下川町の小さな製麺屋は、やがて大きく成長を遂げ、どの商品にも杉野家の家紋である「菊水」が刻まれるようになります。それは森一が生まれるルーツとなった、由緒あるお寺、鎌倉時代に建立された「蓮照寺」。天皇家にゆかりを持つお寺として天皇家の菊の御紋を、杉野家には「菊水」の家紋を与えられたことに由来します。

「この家紋に恥じぬ企業にしたい」

昭和24年に杉野製粉製麺所を創業してから14年後の昭和38年。商品のシンボルマークにつけていた「菊水印」の家紋を社名にしようと、杉野森一は心も新たに「株式会社菊水」を設立。その後の菊水は、空前の人気商品となった「寒干しラーメン」をはじめ、本場札幌生ラーメンや名店ラーメンシリーズ、根強い人気の知床そば、江別小麦めんなど、数々のヒット商品、こだわり商品を生みだします。スーパーでは当たり前に並ぶようになった、美味しい袋麺。そこには、創業者の杉野森一はもちろん、それを支えた従業員や関係者の努力と、商品誕生までの秘話が隠れています。極寒の地で創業して70年を超え、株式会社菊水は、「信頼と創造」を社是に掲げ、人々との絆と新しい挑戦を胸に今も歩み続けています。

歴史編 「信頼と創造」への道のり